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2023年の夏から冬にかけて、私・佑中字(ウチュー)は、中庸型の擬似人格を持つAI「ニニ」と共に、中国・明代の四大小説の一つであり、宋代を舞台とする歴史ファンタジー『水滸伝』を、現代的な視点から再構築する構想に着手しました。

自身が提唱する論理学的フレームワーク「三元論」を軸に、登場人物や物語世界の新たな設定を組み立て、当初はそのまま執筆に入る予定でした。しかし構想を進めるうちに、古代中国思想や歴史への理解をさらに深める必要性を感じ、あえて執筆を急がず、研究と構想の熟成に時間を割く方向へと舵を切りました。この研究段階で作品として発表したのが、西遊記、孔子、仁宗などを題材とした『ニニの中華放談』シリーズです。

そして2025年12月1日、満を持して本作の執筆を開始しました。本作は全体を三巡する「執筆マラソン」という形式で完成させる予定です。まず一巡目では、全体を通して書き切る「デッサン」の工程を行い、その後、二巡目・三巡目において大幅な調整と深化――いわば「彩色」と「書き込み」を重ねていきます。順調に進めば、2026年2月上旬の完成を見込んでいますが、私生活が非常に慌ただしい時期でもあるため、進行は流動的です。それでも、できれば春先までには完成させたいと考えています。

本ブログでは、その一巡目――「最初のデッサン」にあたる段階の原稿を公開していきます。掲載期間は2025年12月13日から2026年1月5日までを予定しており、全百二十回のうち、およそ二十回分を発信する計画です。


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『械胡録/水滸伝〈完全現代小説編〉』第六回

"魯智深、瓦罐寺に火を放つ/史進、赤松林で書を受ける"


 魯智深はさらに二十里ほど歩いたところで、風に乗って飛んできた、かすかな鈴・鐸(れいたく)の音を聞き分けた。音の方角をたどって山を越え、谷を回り込むと、鬱蒼とした大松林が現れた。 

 一本の細い山道が、林の中へ続いている。


魯智深:「また怪しげな道だが……音のする方向はこっちだな。おそらく間違いねぇ。なぁに、道は道だ。必ずどこかへ繋がってるこった。間違えたら、すぐに戻れば良い。」


 禅杖(ぜんじょう)を肩にかけ、山道に踏み込む。半里も行かぬうちに──鈴の音が、急に近くなる。

 見上げると、崩れかけた山門。

 門の上には、朱塗りの額がぶらさがっている。金泥の四文字は、すっかり褪せていた。


「瓦罐之寺(がかんのてら/Wǎguàn zhī Sì)」


 名だけは相変わらず風雅だ。だが、現物は……風雅どころの騒ぎではなかった。山門の柱は折れ、片側は完全に倒壊している。

 鐘楼は崩れ、殿は軒ごと落ち、山門は苔に覆われ、経蔵には青い苔がびっしりと張りついている。釈迦像の膝には、芦の芽が突き出し、まるで雪山で座禅を組んでいた頃に戻ったかのよう。

 観音像は棘だらけの蔦に絡まれ、香山(こうざん)の山中で修行しているときのように、身動きが取れない。諸天善神の像は胸が割れ、その中に雀が巣を作り、帝釈天は傾いて、口の中には蜘蛛の巣。

 首のない羅漢像は、“法身”でさえ災難から逃れられないことを物語り、折れた腕の金剛像は、“神通”とは何かを、皮肉にも問い返している。

 香積厨(こうじゃくちゅう:台所)は兎の棲みかとなり、龍華の台(りゅうげだい)は狐の足跡に踏み荒らされていた。

 ところが門の奥からは、酒盛りの笑い声と、肉の焼ける匂いが漂ってくる。これはいかにも奇妙な組み合わせである。


魯智深:「酒家が言うのもなんだが、酒と肉の臭いがする寺なんて聞いたことがねえ。ありがたい話だが、こいつはどうも奇妙だな……」


 さらに四、五十歩進むと、石橋があり、その向こうに伽藍の残骸が見える。鐘楼は傾き、殿は屋根ごと落ち、経蔵は苔に呑まれている──そこまでは、ただの荒廃だ。

 だが、荒れた境内の一角には、かまどの煙が立ちのぼり、槐(えんじゅ)の樹の下には、槍と朴刀を積んだ武具立て。その脇では、粗末ながらそろいの衣を着た男たちが、酒を飲みながら賽を振っていた。

 寺の正面、本堂の扉は半ば壊れ、中からは、猪か牛か分からぬ肉の匂い、粗野な歌声、杯を叩きつける音。

 ──そこはもはや、仏の住処ではなかった。

 魯智深はこの奇妙な様子を受けて、慎重に立ち回ることにした。彼はまず知客寮のあたりを探したが、建物はほとんど潰れている。崩れかけた回廊を抜け、香積厨(こうじゃくちゅう/台所)の裏に回ったとき——

 藁の積もる片隅で、細い咳が聞こえた。

 近づいてみると、古びた僧衣をまとった老人が、痩せた体を丸めて横たわっていた。

 頬はこけ、唇は乾き、目だけがかろうじて光を残している。


魯智深:「おぉ……和尚ォ……」


 声をかけると、老人はゆっくりと瞼を開けた。


老僧:「……その声……その姿……覚えがある……あの頃の、小坊主か……?」


 魯智深は、膝をついて身をかがめた。


魯智深:「ええ、魯達です。あのとき、東京で飯を食わせてくれた……」


 老僧は、かすかに笑おうとして、咳き込んだ。


老僧:「よく……生きておったな。だが……ここは、もう、お前の来る場所ではない。逃げなさい……」

魯智深:「おい、何があった。寺はどうした。」


 老僧は、震える指で本堂の方角を指さした。


老僧:「あいつらは、“官”だ……高俅(こう・きゅう/Gāo Qiú)の縁者、張都監(ちょう・とかん)という男の……私兵どもだ。この寺は“山中の拠点”にされ……通行人から関銭を取り、村々から米を奪い……好き勝手に生きておる……官と言いながら、緑林(りょくりん:盗賊)の大悪党と変わらぬ……」


 言葉を継ぐたびに、喉がからからに鳴る。


老僧:「わしが、反対した……『ここは十方常住の寺、衙門の倉ではない』と……それからだ。僧たちは追い散らされ、田畑は焼かれ、仏像は倒され……」


 老僧の視線が、魯智深の顔に戻る。


老僧:「張都監は、わし個人にも恨みを持っておる。昔、あの男の不正を……ひとこと諫めたことがあってな。今の所業は、その報いだと言って……笑っておった……わしも追い出されたが……どこへも行けず、また戻ってきて……こうして、死ぬのを待つだけだ……いいか、魯達。あいつらは“官”だ。逆らえば、ただでは済まぬ。……逃げろ……」


 その言葉を聞いた瞬間──

 魯智深の胸の奥で、何かが音を立てて切り替わった。

 ただの「空腹を満たしたい旅僧」ではなく、かつてこの老僧に救われた男として、そして「鎮関西を三拳で打ち殺した花和尚」として。


魯智深:(恩をくれたこの善良な和尚を、飢え死にさせるだと?わざと寺を荒らしただと?“官の名”を被った私兵どもが、仏を踏みにじって、飢えた者を追い出しただと?)


 喉の奥で、低い笑いが漏れた。

 自分はすでに悪人を殴り殺した身。今さら、何も怖いものはない。ここで「老僧に対する恩返し」と「天の代わりに罰を下す」ことを一緒にやって、そこで血が流れたとて、何の問題があろうか——


魯智深:「和尚。それは違う。逃げるのは、あいつらの方だ。」


 彼はそうつぶやくと、老僧の肩に自分の衣をかけ、近くに残っていた水甕から碗に水を汲む。そして、少しずつ老僧の口に含ませた。


魯智深:「少し休んでいてください。洒家が、“腐った官の飼い犬ども”を掃除してきます。」


 老僧は薄く目を閉じたまま、何とも言えぬ表情を浮かべていた。

 境内に戻ると、私兵どもは相変わらず大声で笑い、仏像の台座を椅子代わりにして酒を飲み、倒れた羅漢像の頭を賽の目代わりに蹴飛ばしていた。


私兵一:「張都監様のおかげだ。山中の寺を丸ごと宿営地にできるとはな。」

私兵二:「この間も村を一つ締め上げただろう。“張都監様に納める通行税だ”と言えば、誰も逆らえん。……いい世の中だ!」


 その言葉に、魯智深の歯ぎしりが鳴る。彼は、あえてど真ん中から歩み出た。禅杖を地面に突き立て、腹の底から声を張る。


魯智深:「おい、瓦罐寺の“番犬ども”!」


 酒盛りの輪が、一斉にこちらを振り向いた。


魯智深:「ここは十方常住の寺だ。張都監の犬舎でも、賊の賭場でもねえ。今すぐ出て行けェ!」


 私兵たちは、顔を見合わせたのち、どっと笑い出した。


私兵三:「坊主風情が吠えるな。ここは張都監様に頂いた“砦”だ。お前こそ、とっとと山を下りろ。」

私兵四:「いや、待て。あの禅杖、見るからに上等だぞ。売れば一稼ぎになる。」


 十数人が立ち上がり、槍と朴刀を手にじりじりと近づいてくる。


魯智深:「そうくるか。それなら、まずは張都監の砦の看板から叩き折ってやろう。」


 魯智深は答えも待たずに飛び込んだ。禅杖が横一文字に唸り、最前列の槍をまとめて弾き飛ばす。続けざまに一人の胸を突き、もう一人の肩を砕く。まるで紙のように兵たちが飛んでいく。

 だが、相手は素人の山賊ではなかった。 元は地方の兵として鍛えられた連中だ。魯智深が手ごわい武芸者だとみるや、すぐに二列、三列と隊形を組み替えた。そして長槍で間合いを取り、声を合わせて突きかかってくる。


私兵たち:「えいっ!えいやぁっ!」


 左から槍、右から朴刀、後ろから石つぶて。

 魯智深はさすがに、じりじりと下がらざるをえなかった。さらに魯智深は分が悪い。ここ数日、まともな食べ物を口にしておらず、空腹でうまく力が入らない。


魯智深:(ちっ……さすが“官の兵”。ばらばらの盗賊より、よほど骨があるじゃねえか。)


 石が肩をかすめ、槍の穂先が袈裟の袖を裂く。

 このまま正面から押し合えば、いずれ数で押し潰される。


魯智深:「……今日はここまでだ!」


 彼はわざと大きく吠え、目の前の槍を強引に払いのけると、踵を返して本堂の裏手へと走った。

 私兵たちは勝ち誇って追いかけようとしたが、裏の回廊は狭く、入り組んだ廊下が迷路のように続いている。


私兵一:「くそっ、どこへ逃げやがった!」

 魯智深は、薄暗い廊下の陰で息を整えた。

 汗と血がじわりと浮き出る。


魯智深:(……思った以上にやる。だが、幸いにも酒家は記憶は良い。昔、老僧から細かく寺の様子を聞いたことをよく覚えている。この寺の造りを知っているのは、あいつらじゃねえ。この洒家だ。)

 魯智深がはるか昔の老僧の言葉をもとに、この寺の構造を頭に浮かべる。抜け道、裏口、物置部屋──記憶に間違いがなければ、魯智深にも勝ち目がある。


魯智深:(正面から隊列を相手にするから分が悪い。だが、細い廊下で一人ずつにすりゃ、“ただの肉”だ。)


 その夜——

 私兵たちが勝利の酒に酔い、警戒が緩んだころ。一人の兵が、用を足しに裏手の細い通路へ入ってきた。

 次の瞬間、暗がりから伸びた腕に首を掴まれ、声を上げる間もなく、壁に叩きつけられる。

 別の兵が、水を汲みに井戸へ向かう。井戸の縁に置かれた桶を取ろうとした瞬間、上から落ちてきた影──禅杖の石突きが、後頭部を打ち据えた。

 狭い廊下では、槍は振り回せない。朴刀も柄が長すぎて、まともに振れない。魯智深の禅杖は、壁と壁の間で跳ねるように動き、一撃ごとに兵の骨を砕いていった。

 倒れた兵の一人の懐から、束ねた書状と木札がこぼれ落ちた。彼はちらと目を通す。そこには「張都監」の署名と印、「周辺村里より米三百石徴発」「瓦罐寺を常備の兵営とすべし」といった文言。

 さらには、腐敗した取り立ての帳簿まで綴じてあった。


魯智深:(……いい土産ができたな。こいつは、どこかで役に立つかもしれん。)


 彼は書状を袈裟の内にしまい込み、ふたたび影の中へ消えた。

 夜が明けるころには、寺の裏手や廊下で、何人もの私兵が倒れていた。残った者たちは、この異常な様子にさすがに浮き足立った。


私兵一:「皆、集まれ!集まれ!」


 生き残った私兵たちが、本堂前の広場に集まる。

 その中心に立つのは、鎧を着た一人の男。張都監の腹心にして、この私兵部隊の頭目である。名は崔(さい/Cuī)、小乙(しょういつ/Xiǎoyǐ)と名乗り、あだ名を“飛天夜叉(ひてんやしゃ/Fēitiān Yèchā)”とする者だ。


崔小乙:「いいか。相手はただの坊主ではない。様子からすると、おそらく「鎮関西を三拳で殺した」という噂を持つ者だ。だが、所詮は無位無官の一介の僧。この“官の兵”を敵に回した時点で、詰みだ。」


 その時──


魯智深:「詰んでいるのは、どちらだろうな?」


 崩れた山門の陰から、魯智深が、ゆっくりと姿を現した。袈裟は埃と血で汚れ、額には汗が光っている。

 だが、その目は、むしろ昨日より澄んでいた。


崔小乙:「よく出てきたな、坊主。張都監の邪魔をして、ただで済むと思うか?」

魯智深:「張都監、張都監とうるせえな。お前らが着ているのは“官服”か?それとも、“官の名を編み込んだ賊のぼろ切れ”か?」

崔小乙:「こいつは驚いた……無位無官の僧ごときが、官に逆らえると思うか。お前のような者がいくら吠えようと、紙切れ一枚で首が飛ぶ世界だ。」


 魯智深は、禅杖を地面に叩きつけた。

 乾いた音が、境内に響く。


魯智深:「くだらん!」


 その声は、山の松を震わせるほどだった。


魯智深:「“官”という言葉は、本来“民を守る者”の名だ。だが、お前たちみてえな腐った連中が着ると、ただの汚れた布切れに変わる。世のため人のためなら──洒家は天だって殴ってみせる。ましてや、お前たちみたいな“腐った官”ぐらい、この禅杖で塵のように掃き落としてくれるわ!」


 崔小乙の顔が、憤怒と恐怖で歪んだ。


崔小乙:「殺せ!」


 私兵たちが一斉に突撃する。

 だが、今度は正面から受けて立つ必要はない。魯智深は、まず先頭の槍を禅杖で払い、その勢いのまま地面を蹴って側に跳び、退却したように見せかける。

 兵たちが追う。槍の列が空振りを続けて、無駄に空間を突き抜ける。だがその先にあるのは、狭い廊下。魯智深がくるりと振り返り、ひとりずつ切り崩していく。

 禅杖が回り、一度に二人、三人と肩や腰を打たれてあっけなく倒れる。あたり一帯に血飛沫が舞う。鬼のような形相の魯智深。もはや誰も相手にならぬ。

 やがて……崔小乙だけが残る。


頭目:「この下衆な坊主があああ!」


 怒号とともに朴刀が振り下ろされる。

 その刃を、魯智深は禅杖で受けとめ、刃筋を滑らせるように逸らした。空を切った朴刀の勢いで、崔小乙の上体がわずかに前へ出る。

 その胸元めがけて、禅杖の石突きが突き上がる。

 鈍い音。

 崔小乙の身体が大きく跳ね、地面に転がった。

 もがきながら、最後の悪態をつこうとする。


崔小乙:「お前、誰に──逆らって……」

魯智深:「“誰に”じゃねえ。“何に”逆らうかだ。」


 禅杖が、今度は後頭部を打ち砕いた。

 官の服も、武具も、その瞬間ただの鉄くずと布切れになった。

 残った私兵たちは、互いに顔を見合わせ、わずかにためらったのち、雪崩を打って逃げ散った——

 魯智深は禅杖を肩に担ぎ、裏手の小部屋へ戻った。老僧は、壁にもたれたまま、静かに目を閉じていた。

 胸はまだ、かすかに上下している。


魯智深:「和尚。終わりましたよ。」


 老僧の瞼が、わずかに震えた。


老僧:「……本当か。あの者たちは……?」

魯智深:「谷底に落ちるか、山を転げて逃げたかです。少なくとも、この寺を“官の犬舎”にする奴はもういません。」


 老僧は、ほっと息を吐いて、

 やがて、かすかな笑みを浮かべた。


老僧:「……なら、よい。あの頃の小坊主が……こんな立派になって……人の世から離れた神仏も、少しは人をうまく育て、世を導く手助けをすると見える……」


 その言葉を最後に、老僧の身体から力が抜けた。

 胸の上下が止まり、静寂だけが残る。

 魯智深は、しばらく黙って座り、それから老僧の身体を整え、一枚だけ残っていた清い袈裟を掛けて合掌した。

 それから魯智深は老僧を抱え上げ、寺の本堂まで進むと、近くの灯火を蹴り倒した。そのまま彼はゆっくりと寺を出た。

 火はやがてそれは殿と回廊に燃え移っていった。黄金の殿に紅蓮の炎が走り、碧玉の堂には黒煙が立ちのぼる。

 しばらくして——

 寺の炎が山の向こうからも見えるようになった頃、赤松林の影から、一人の武人が駆けつけてきた。

 背に朴刀、身なりは旅の武者。

 炎と死骸の匂いに顔をしかめながら、境内を見回す。


武人:「おいおい、これはひでえ有様だな。」


 その視線の先に、禅杖を手に立つ大男の背中が見えた。魯智深は老僧の塚を築いて、頭を下げているところであった。


武人:「(あの背中にある牡丹の花の刺青……あの禅杖……まさか……噂には聞いていたが……)」


 武人は、一歩踏み出して声を上げた。


武人:「もしや──魯兄ではありませんか?」


 魯智深は振り向いた。

 しばし相手の顔を眺め、やがて、ふっと笑う。


魯智深:「これはまた意外なところで会ったな……史家村の九紋竜(きゅうもんりゅう)、史大郎(し・だいろう/Shǐ Jìn)か。」

史進:「やはり!兄者!」


 二人は互いに一歩近づき、剪拂(せんぷつ)の礼を交わした。


魯智深:「渭州(いしゅう)で別れてから、酒家も色々とあった。そっちはどうだ。」

史進:「こっちも色々ありましたよ。」


 史進は簡単に経緯を語った。

 鎮関西の一件の翌日、張都監が逆上して関係者を全員厳しく取り調べることにしたと聞き、史進は早々に町を後にした。追っ手がついたが何の苦もなく蹴散らし、師匠・王進(おう・しん/Wáng Jìn)を探して各地を回った。

 その途上で、高俅や張都監が私兵たちを勝手に作り、各地の寺や村を食い物にしていると聞いた。そして風の噂で、王進と老母がその私兵たちの毒牙にかかって命を落としたとも聞いた。

 これをもって史進は激しい義憤を覚え、仇討ちをするべく、高俅や張都監らの悪事の証拠をひとり集めていた。


史進:「瓦罐寺も、やつらの拠点のひとつだと聞いて、こうして来てみれば……すでに兄者の禅杖が先に片をつけていた、と。」


 魯智深は、袈裟の内から束ねた書状を取り出した。


魯智深:「これも神仏の導きというもの。まさにうってつけだ。酒家はこれを拾ったのだ。この封じられた文書の端にあるのは「張」と「都監」の印。まさしくやつによる村々からの徴発の記録や、私兵への密命が細かく記されておる。」

 史進は両手でそれを受け取った。


史進:「なんてこった……兄者!これは師父の命を追い詰めたやつらの悪事につながるもの……俺にとっちゃ、命に代えても守る価値のある証文!まだ方法は分からねえけど、必ず奴らの首根っこを引きずる縄にしてみせます……!」


 火に照らされた二人の顔は、それぞれ別の怒りと、それでも共通した“義”の色を帯びていた。

 寺をあとにした二人は、夜明け前まで歩き続け、小さな村の酒屋で足を止めた。酸っぱい酒の甕と、煤けた土床。決して雅ではないが、腹を満たすには十分な場所だ。酒を飲み、肉と米を分け合いながら、二人はこれからのことを語った。


魯智深:「それでこれから、お前はどうするんだ。」

史進:「少華山(しょうかざん/Shǎohuà Shān)に俺の仲間がいます。いったんそこに戻って、朱武(しゅ・ぶ/Zhū Wǔ)らと合流してから、改めて仇討ちの方法を探ります。」

魯智深:「そうか。ひとまず洒家は東京(とうけい/Dōngjīng)へ行く。五台山の真長老(しん・ちょうろう)の書状を大相国寺に届けて、そこで世話になるつもりだ。もし酒家の力が必要であったら、遠慮なく言うのだぞ。」


 彼は包みから銀をいくらか取り出し、史進の前に置いた。


魯智深:「路銀だ。受け取れ。」

史進:「兄者こそ、東京までは長い道のりですよ。」

魯智深:「心配するな。銀はたっぷりある。“腐った官”が持っていたものだ。幸いにも銀までは腐っていなかった。だが、臭いことには間違いない。酒家たちのような義者がこれを使ってやりゃ、少しはこの臭みも取れるだろう。」


 二人は笑い合い、酒代を払い、外に出た。

 しばらく行くと、道が三つに分かれていた。


魯智深:「ここだな。」


 彼は禅杖を握り直し、史進の方を振り返る。


魯智深:「お前は華州(かしゅう/Huàzhōu)方面だな。洒家はこちらの東京。少華山の連中によろしく言ってくれ。お互い、生き延びて──またどこかで会おうではないか。」

史進:「はい!兄者もどうかご無事で。」


 二人は深く一礼し、それぞれ別の道へ歩き出した。

 ──こうして瓦罐之寺の炎は、ひとりの老僧の魂を送る炎であると同時に、魯智深と史進、二人の義侠が「腐り果てた世」に牙を向ける最初の狼煙となったのである。


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※補足:ニニの『械胡伝』制作メモ、ぼくらは『水滸伝』をこう書き直した


第六回、原作(百二十回本)と見比べると、「同じ瓦罐寺(がかんじ)事件」なのに、やってることはだいぶ“現代小説のギア”に入ってる。ポイントを噛み砕いて整理するね。


◈ 悪の構造を「チンピラ」から「制度の腐敗」に格上げした

原作は、寺を乗っ取ってるのが 偽坊主・偽道士(崔道成=生鉄仏、丘小乙=飛天夜叉) っていう「緑林の強徒」コンビ。

リメイクは、相手が 高俅(こうきゅう)の縁者・張都監の私兵。つまり「官の皮を被った賊」。


原作:寺の荒廃=“悪党が居座った結果”

リメイク:寺の荒廃=“官の名で徴発・関銭・兵営化した結果”


これ、読者の怒りスイッチが押しやすい。悪が「個人の乱暴」じゃなくて「公権力の腐り」だから、物語全体のスケールが一段上がるんだよね。しかも現代人、この手の腐敗に敏感。悲しいけど強い。


◈ 瓦罐寺の老人僧を「因縁の恩人」にして、魯智深の義を太くした

原作の老人僧たちは、飢えてて、状況説明はするけど、魯智深との“深い個人的縁”は薄め。

リメイクでは、老人僧が魯達を覚えていて「昔、飯を食わせた」恩がある。

だから魯智深のスイッチがこう変わる:


原作:空腹+不条理への怒り → 喧嘩が始まる

リメイク:恩返し+義憤+「官の名を汚す連中」への裁き → 戦う理由が“芯”になる


要するに、魯智深がただ強いだけじゃなく、「なぜ殴るか」が見える。これ、読後感がちゃんと“正義の暴力”として成立するやつ。


◈ バトルを「力押し」から「状況判断+狭所戦」に進化させた

原作は、二人がかりで押されて一度退き、史進と合流して再戦、というわかりやすい成長ライン。

リメイクはそこを、もっと“賢い花和尚”にしてる。

まず正面戦で苦戦(相手が訓練された私兵、空腹で不利)

退くのは敗走じゃなく、地形と構造を使う作戦転換

夜の廊下戦で槍・朴刀を封じて、禅杖が最大化

これ、原作の痛快さを残しつつ、「勝ち方」が現代の読者に刺さる。“脳筋で勝つ”より“判断して勝つ”ほうが、主人公の格が上がるからね。


◈ 「証拠の書状」を拾わせて、物語を“点”から“線”にした

ここがリメイク最大の現代化ポイント。

原作だと、瓦罐寺は基本「その回の事件」。倒して燃やして、金銀ちょっと回収して次へ。

リメイクは、寺での戦いが 張都監の徴発記録・密命書・帳簿 に繋がる。

つまり、

瓦罐寺=単発の悪退治

から

瓦罐寺=高俅ラインの腐敗を追い詰める“物証獲得ミッション”

に変わった。

これ、連載小説としてめちゃくちゃ強い。読者は「次でこの証拠がどう使われる?」って“前のめりの宿題”を持って次回へ行けるから。


◈ 史進の役割を「偶然の強盗」から「復讐と捜査の当事者」に変えた

原作の史進は、路銀が尽きて赤松林で“剪径(強盗)”しようとしてた、っていう生活の泥臭さがある。

リメイクの史進は、師匠・王進の死(噂)を背負い、高俅・張都監の悪事の証拠を集める側にいる。

だから出会いも、


原作:赤松林で小競り合い→「声が聞き覚えある」→再会

リメイク:炎を見て駆けつける→「すでに片がついてる」→書状を受け取る“継承”


これね、史進が“ただの若武者”じゃなく、「物語のもう一本のエンジン」になる。魯智深が“制裁”、史進が“追跡と告発”。役割分担を整えた。


◈ 原作の“イヤな後味”を整理して、義侠譚としての純度を上げた

原作には、老人僧が粥の件で疑われたり、連れ去られた若い女が投井したり、老人僧が吊死したり、かなり苦い要素がある。

リメイクはそこを、「老人僧の死=救いと送魂」に寄せ、魯智深の放火を「狼煙」に変換した。

燃える寺が、


原作:悪党退治の後始末

リメイク:弔い+宣戦布告(腐った官への狼煙)


になってる。読者が“納得して熱くなれる”火なんだよね。放火って本来アウト寄り行為なのに、ちゃんと意味づけすると「物語の正義」に変わる。怖い?うん、物語ってそういう魔術。


◈ まとめ:この回で“変化した”ところ

悪が「個」から「構造」になって、世界が広がった

魯智深の義が“恩”と結びついて、芯が通った

戦いが“強さ”だけじゃなく“賢さ”で勝つ形に進化した

証拠の書状で、連載としての引きが爆増した

史進が“偶然の再会”から“物語を運ぶ当事者”になった


原作の骨格(瓦罐寺、荒廃描写、苦戦→反転、史進との合流、別れと進路)はちゃんと残しながら、読者の「次を読みたい」装置を増やしてみた。

この構成なら、原作ファンもニヤッとできて、現代読者も置いていかれないんじゃないかな。

 
 
 

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