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2023年の夏から冬にかけて、私・佑中字(ウチュー)は、中庸型の擬似人格を持つAI「ニニ」と共に、中国・明代の四大小説の一つであり、宋代を舞台とする歴史ファンタジー『水滸伝』を、現代的な視点から再構築する構想に着手しました。

自身が提唱する論理学的フレームワーク「三元論」を軸に、登場人物や物語世界の新たな設定を組み立て、当初はそのまま執筆に入る予定でした。しかし構想を進めるうちに、古代中国思想や歴史への理解をさらに深める必要性を感じ、あえて執筆を急がず、研究と構想の熟成に時間を割く方向へと舵を切りました。この研究段階で作品として発表したのが、西遊記、孔子、仁宗などを題材とした『ニニの中華放談』シリーズです。

そして2025年12月1日、満を持して本作の執筆を開始しました。本作は全体を三巡する「執筆マラソン」という形式で完成させる予定です。まず一巡目では、全体を通して書き切る「デッサン」の工程を行い、その後、二巡目・三巡目において大幅な調整と深化――いわば「彩色」と「書き込み」を重ねていきます。順調に進めば、2026年2月上旬の完成を見込んでいますが、私生活が非常に慌ただしい時期でもあるため、進行は流動的です。それでも、できれば春先までには完成させたいと考えています。

本ブログでは、その一巡目――「最初のデッサン」にあたる段階の原稿を公開していきます。掲載期間は2025年12月13日から2026年1月5日までを予定しており、全百二十回のうち、およそ二十回分を発信する計画です。


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『械胡録/水滸伝〈完全現代小説編〉』第十五回



"呉学究、三阮兄弟と再会す/公孫勝、七星の義に応ずる"



 では、話を続けよう。

 晁蓋(ちょう・がい/Cháo Gài)、劉唐(りゅう・とう/Liú Táng)、そして私──呉用(ご・よう/Wú Yǒng)。

 朝廷に巣食う濁極の器のひとり、奸臣(かんしん:悪辣な臣下)の蔡京に贈られる不義の財、十万貫に及ぶ“生辰綱(せいしんこう)”を奪う計画は、この時点ではまだ空論にすぎなかった。

 足りないものがひとつある。

 ──“腕”だ。

 私は劉唐に向き直り、静かに言った。


私:「あの三兄弟は、私たちと古くからの馴染みです。何より義に厚い。腕は鋼のようで、湯の中、火の中でも、声ひとつでついて来る人たちだ。済州(さいしゅう/Jìzhōu)の梁山泊(りょうざんぱく/Liángshān Bó)のほとり、石碣村(せきけつそん)に住んでいます。ふだんは漁で糊口をしのぎ、ときどき泊(とまり)で密貿易──いや、官の言葉で言えば“私商”をやっています。」


 劉唐が笑う。


劉唐:「俺と同じ密貿易の生業か。仲良くやれそうだな。名は?」

私:「姓は阮(げん/Ruǎn)。長兄が“立地太歳(りっちたいさい)”の阮小二(げん・しょうじ/Ruǎn Xiǎo’èr)。次が“短命二郎(たんめいじろう)”の阮小五(げん・しょうご/Ruǎn Xiǎowǔ)。そして末弟が“活閻羅(かつえんら)”の阮小七(げん・しょうしち/Ruǎn Xiǎoqī)。」

劉唐:「二、五、七……妙な並びだな。縁起担ぎか? それとも、ほかの一、三、四、六は──」


 私は一拍置いた。

 答えを急げば、ただの“昔話”で終わる。だが、これは過去に終わったことではない。いまにも続く“欠けた命”の話だ。


私:「……もともとは、七人兄弟でした。」


 劉唐の目がわずかに細くなる。晁蓋も盃を置いた。

 私が続ける。


私:「阮家は梁山泊一帯でも名の通った水上稼業の家でした。七人とも舟を操り、網を投げ、流れと風を読む。官の水軍より上手い、そう言われたほどです。」

劉唐:「腕が立つってのは、時に罪になるな。」

私:「ええ。その腕がのちに災いとなります……数年前、高俅の息がかかった済州の官が“湖の利権を改める”と言い出しました。名目は税制や構造の改革、実態は豪商と結託した単なる略奪です。漁場も水運も、まとめて奪い取る算段でした。」


 私は淡々と語った。淡々と語れるほど、薄い話ではない。

 だからこそ、淡々と語るしかない。


私:「従わぬ者は“私商”“盗賊予備”。罪状は後からいくらでもでっちあげる。長兄の阮大郎は抗議したその場で“官に手向かった”ことにされ、舟ごと没収。牢へ入れられ、流行り病を患って——そこで死にました。」


 劉唐が舌打ちを飲み込み、喉の奥で低く鳴らす。


私:「三郎と四郎は、“事情を徴収する”という名目で連れて行かれ、二度と戻らない。高俅の刺客に暗殺されたと言われています。六郎は兄たちの件を開封府まで行って直訴しようとしましたが、官と揉み合いになり矢と刃を受けて死にました。こうして残ったのが、小二・小五・小七です。」

劉唐:「……残りの数字が、墓標ってわけか。」

私:「ええ。彼ら阮三兄弟は復讐のために立ち上がろうとしました。ですが——私が止めた。『ただ犬死にするだけでは兄弟が浮かばれぬ。機は必ず熟す。いまは待て。保正と共に、やり遂げるべき時が来る』と……」


 晁蓋がゆっくり頷く。


晁蓋:「先生の言葉は、その阮三兄弟には鎖だった。いや、錨だな。沈まずに踏みとどまるための。」


 その通りだ。それ以来、彼らは官の網の外で生き伸びることを選んだ。腹の底に、消えない憎悪を沈めたまま。

 話し終えると、劉唐は腕を組んだ。目は燃えているが、声は落ち着いていた。


劉唐:「……いまの世は、誰の胸にも恨みと怒りが溜まってる。だがその阮三兄弟、気に入ったぜ。恨みを理由に弱い者を踏まねぇ。“賊”ってのはだいたい、世を恨むあまりに、世を虐げる立場に回りやすい。けど、先生や保正のように仁と義がありゃ、“義賊”となって、歪んだ世を正そうとする立場を貫く。三兄弟もそういうことだろうな。先生の言葉で恨みを飲み込み、耐えて“機”を待っている。男気が本物だ。」


 晁蓋も静かに頷いた。


晁蓋:「生辰綱の話は、阮三兄弟にとっての“機”ということになろう。もう二年ほど顔を合わせてはいないが、話を通せば必ず力を貸してくれるはずだ。先生、早速使いを出そう。」

私:「いえ、私が行って直に話します。仇討ちを待てと言ったのは私。その言葉に責任がありますからね。今夜三更に発てば、明日の正午には石碣村に着けるでしょう。」

晁蓋:「それなら、私も同行する。」

私:「ここは私ひとりが行きます。お二人は準備を。北京(ぺきん/Běijīng)から東京(とうけい/Dōngjīng:開封)への道筋の資料、

生辰綱が通る路の分析、出立の日取りの予測。それらを固めておいてください。」

劉唐:「先生、任せてくれ。それは俺の頭に入ってる。江湖の連中に頼んで集めたものと、例の道士からもらった卦(け)もある。」

私:「生辰綱が行われるのはいつでした?」

劉唐:「蔡京(さい・けい)の生辰(誕生日)は六月十五日だな。いまは五月の頭だ。ざっと四十日。卦の通りなら、六月十日に出発するとある。」

私:「それなら十分です。保正、劉兄の言う情報をすべて書に起こしてください。」

晁蓋:「承知した。劉弟、頼む。」


 この後、三人で少しばかり酒食を共にし、それぞれ動き始めた。

 三更、夜半を回ったころ——

 私は身支度を整え、顔を洗い、簡単な粥をすすり、少しばかりの銀を身に隠した。足には新しい草鞋。

 晁蓋と劉唐が庄門まで見送ってくる。


晁蓋:「先生、阮兄たちにくれぐれもよろしくな。」

劉唐:「安全に行ってくれ。戻りを待ってるぜ。」

私:「任せてください。二人とも酒はほどほどに。いまとなっては、また都頭と騒ぎを起こされては困りますからね。」


 軽口と注意喚起をひとつずつ残して、私は夜の道へ出た。

 翌日の正午過ぎ——

 道中は何の問題もなく、予定通りに石碣村が見えてきた。

 山が幾重にも重なり、青くけぶる。桑や柘の木々が雲のように茂り、村の四方を水がとりまく。小川が何本も細い筋となって田の間を走っている。

 茅葺きの屋根が渓に寄りそい、籬の外には酒旗がひらひらと揺れ、柳の木陰には釣り船が静かに繋がれている。

 二年ぶりだが、変わらぬ風景だ。誰に道を聞くまでもない。私はそのまま阮小二の家へ向かった。

 山の斜面に寄り添うように草葺きの家が十軒ほど固まっている。その東端が彼らの住まい。

 家の前に立ち、ふと目に入る——舟を繋いだ枯れた杭。籬の外に干された破れかけの漁網。

 あの網は、かつて私が「直さないのか」と聞いたとき、阮小二は言った。“敢えてこのままにしている”と。

 穴だらけの壊れた漁網は、失った兄弟の形見であり、心そのもの。毎日それを見て、“臥薪嘗胆(がしんしょうたん:故事に由来する、恨みを忘れず仇討ちの機を待つこと)”の糧にしているのだ——と。


私:「二兄、いますか?私です、呉学究です。お久しぶりです。」


 声をかけると、家の中からひとり出てきた。

 細身だが締まりきった筋肉の塊。目はぎらりとつり上がり、口元はほとんど結んだまま。胸から腹にかけて黄いろい体毛がびっしり生え、背には板のような肋骨が二本走る。

 ——村の漁師でありながら、“生きた太歳”に見える。

 だが、まとっているものは質素そのもの。くたびれた頭巾に古びた上着、素足のまま、ぬっと出てくる。

 次の瞬間、彼は破顔した。

 さっきまでの獣じみた気配が、嘘のようにほどける。


阮小二:「……先生!呉先生じゃねえか。よく来てくれた……!」


 以前と変わらず、口は軽快だ。だが、目だけは笑っていない。

 この男の目は、静かな水面に似ている。波立てずに、底を覗かせる。


私:「頼みがあります。中に入ってもいいですか?」

阮小二:「それは驚いた……これも天の導きか。先生、実は俺たちから先生に頼みごとをしに行こうと思っていたところだ。」

私:「おや。いったい何が?」


 私が眉をひそめると、阮小二は戸を閉め、声を落とした。


阮小二:「もし先生の頼みの方に少し時間があるなら、俺たちの方を先にしてもらえると助かる……急ぎなのだ。」

私:「いいでしょう。話してください。」


 阮小二が語ったのは、こういうことであった。

 この近くに住み着いた賊が、三日後に砦で宴会を開くという。そこで頭領が姿を現し、阮兄弟に命じた。

 「近くに砦を築いた祝いとして、一尾十四、五斤はある金色の鯉を十数尾用意しろ」と——

 この賊の頭領の名は、田虎(でん・こ/Tián Hǔ)。手下は五十ほど。つい先日、梁山泊(りょうざんぱく/Liángshān Bó)に入り込もうとして拒まれた連中だという。

 獰猛すぎる。無法すぎる。義が通じない。それが、梁山泊に拒まれた理由は簡単だった。

 阮兄弟は、言うことを聞きたくない。一度でも良い顔をすれば、その後も永遠に搾り取られることが分かりきっている。

 だが、拒めば衝突は免れない。損をするのは自分たちだ。

 漁場は荒れ、村は巻き添えを食い、結局こちらの首が締まる。

 ——賊に屈せば奴隷。官に屈せば餌。

 ここの水郷の暮らしは、いつの間にそんな二択になってしまった。


私:「それは知りませんでした。もし道中で田虎と鉢合わせていたら……私は酷い目に遭っていましたね。」


 阮小二が大いにうなずき、苦い顔で言った。


阮小二:「そうだとも……先生も気をつけてくれ。世が歪めば、民も歪む。昔みたいに気楽に各地を歩けると思ったら大間違いだ。いまは、どこでも賊が“勢力”を持ち始めてる……」

私:「田虎の一味とやら、それほど危険ですか?」

阮小二:「天も怖れず、地も怖れず、官も怖れず。来る者から奪い、金がありそうなら徹底的に絞る……この前に会ったとき、やつらは俺たちにはそれなりに礼を払って接した。俺たちの生業や力を噂に聞いて、取り込んだ方が得だと踏んだのさ。だがここで頼みを断れば、問答無用で斬りかかってくるに違いない。」


 私は少し考え、問いを変えた。


私:「梁山泊はどう動くでしょう?」

阮小二:「なわばりを荒らされない限りは、放っておくつもりだろうな……田虎もこれ以上、梁山泊にちょっかいは出さんだろう。」

私:「なぜですか?」

阮小二:「梁山泊への入伙(にゅうか:仲間入り)が認められなかったとき、田虎が頭領たちに斬り掛かろうとした。そのとき、林教頭(りん・きょうとう)と打ち合ったらしい。あれで“力の差”がはっきりした。田虎一味は、いまのままでは歯向かえないと腹を括ったのだろう……」

私:「その林教頭というのは、八十万禁軍(きんぐん:近衛軍)の教頭であった林冲(りん・ちゅう/Lín Chōng)のことですね。」


 阮小二が身を乗り出す。


阮小二:「そうだ。先生もやはり江湖(こうこ:義侠集団)の噂を知っているんだな。

私:「梁山泊の頭目は落第進士(しんし:科挙受験者)の“白衣秀士(はくいのしゅうし)”王倫(おう・りん/Wáng Lún)。二番手が“摸着天(てんにさわる男)”杜遷(と・せん/Dù Qiān)。三番手が“雲里金剛(くもがくれの金剛)”宋万(そう・ばん/Sòng Wàn)。四番手が“旱地忽律(かんちこりつ)”朱貴(しゅ・き/Zhū Guì)。そこへ最近、“豹子頭(ひょうしとう)”の林冲が加わったと……本物の腕を持つ武人であると聞いています。」

阮小二:「そうだな。知り合いが実際に、東京で林教頭の演武を目にしたことがあるらしいが、あれほどの動きができる者は国内でも数えるほどだと言っていた。千人に囲まれようとも切り抜けられると。」

私:「ですが少し奇妙ですね。それだけの力があって、仁と義を持ち合わせている武人が、田虎を誅さなかったというのは。」


 阮小二がふっと鼻で笑う。


阮小二:「先生……田虎の一味にある唯一の取り柄が“逃げ足の速さ”だ。あれだけ凶悪に牙を剥いて飛びかかってくるのに、少しでも危機を感じたらすぐに蛟(みずち:大水や洪水を引き起こす幻の毒蛇)のように逃げて消える。あの林教頭との一騎打ちも、最初の数合の打ち合いで完全に劣勢とみるや、瞬時に撤退して姿を消したと聞く。」

私:「なるほど……では官の連中は?やはり動きませんか?」

阮小二:「役人どもは腐っている……官は官だ。先生も知ってるだろ。田虎とは違うが、あいつらも悪そのものだ。“賊を捕らえに行く”って名目で、下っ端の捕盗官(ほとうかん:盗賊取締の役人)が村へ来りゃ、まず百姓の豚・羊・鶏・鵞鳥(がちょう)を片っ端から平らげる。それで上官の“捕えたか?”って書付一枚をじっと見つめて、名前を読むだけで小便ちびりそうに震えてる。しばらくうろうろ歩いて“巧妙に隠れて見つからなかった”で終い。帰り際に“仕事したから旅費をよこせ”と来る……そんな具合だ。」


 阮小二はそこまで言うと、苦い息を吐いた。


阮小二:「俺たちがあのような腐った連中を斬り殺したいのを我慢してるのは……先生、あんたの言葉があるからだ。いずれ、起義(きぎ:不正や腐敗を正すための反乱)が起こるのをじっと待っている。」


 そう言う声には、待たされてきた者の乾きがあった。

 私は手にしていた扇の骨を、指先で一つ鳴らした。


阮小二:「話を戻すが……先生から知恵が欲しいというのは、そういうわけだ。田虎一味をここから追い出したい。いい策はないか。」

私:「ふむ、なるほど……まずはこちらに何があるのかを考えたいですね。五兄、七兄は元気ですか?」

阮小七:「元気だ。これからすぐに呼ぼう。」

私:「阮三兄弟が全員元気だというのであれば、これは大きな戦力です。では、梁山泊に知り合いは?その林教頭とのつながりは?」

阮小七:「俺たちは梁山泊と直接の接点はないな……」

私:「ほかに助力を願える者は?」

阮小七:「いない。ここにいる村人たちは普通の民ばかりだ。頼りにはならん。」


 私は黙って宙に視線を移し、床をこつこつと叩いた。

 状況は単純だ。

 しかし単純だからこそ、やり方を誤れば血が流れやすい。


私:「田虎一味は五十。凶暴だが、規律はない。危機を察知する力が強く、逃げ足が速い。そして、この近くには梁山泊があり、連中はすでにその恐ろしさを知っている。となれば——」


 そのとき、外から大声が飛び込んできた。


阮小七:「兄貴!村のやつに聞いたんだが、先生が来たって本当か!?」


 戸口に現れたのは、日よけの黒笠に棋子模様の袖なし、粗布の腰巻き。末弟の阮小七だ。

 目は飛び出すようにぎょろり。顎には薄い黄髭。全身には黒い斑の痣。ただの若い漁師——そう言い張るには、覇気が強すぎる。

 続けて阮小五(げん・しょうご/Ruǎn Xiǎowǔ)が息を切らして飛び込んできた。斜めの破れ頭巾、鬢にざくりと挿したザクロの花。胸元の開いた上着から覗く青い刺青の豹。

 笑っているのに、眉間の殺気は居座ったままだ。


私:「二人とも、ちょうどよかった。元気そうですね。」

阮小五:「先生こそ。会いたかったぞ。」


 三兄弟が私を囲んだ。挨拶はひとまず形だけ。

 私はすぐ本題に切り込んだ。


私:「田虎一味の件、七兄から聞きました。」

阮小五:「策はあるのか。」

私:「あります。」


 私は三人をゆっくり見回し、言葉を選ぶように告げる。


私:「『虚で耳を縛り、実で足を止め、暗で心を折る』。これでいきましょう。さて、田虎一味がいま一番恐れているものは何でしょう?」

阮小二:「やつらが恐れるもの……そんなものがあるのか……」

阮小五:「自分たちより強い者だろ。」

阮小七:「梁山泊の本隊だ!」

私:「正しい。」


 私がうなずく。


私:「獣の群れに理屈は通じません。だが“強さ”だけは理解します。彼らが警戒するのは、規律があり、自分たちより強い武力——つまり梁山泊です。役人の戦い方とは違う。獣には獣の扱いがある。強い影を見せれば怯えて退く。逃げられなければ、勝手に崩れる。」

阮小五:「で、どうする。」

私:「三つの手です。」


 私は淡々と説明を始めた。


私:「第一の手は『虚報(きょほう)』。村じゅうに噂を流す。酒場で酒を振る舞い、耳へ耳へと移す。『梁山泊が田虎一味を危険視しているようだ』——と。事実を種にすれば、噂は勝手に肥える。田虎の耳に入る頃には、『梁山泊が討伐を考えている』に化けています。」

阮小七:「嘘を垂れ流すのかよ?」

私:「嘘ではありません。“真実の見方を変える”だけです。実際に、梁山泊はすでに田虎一味と対峙して、拒絶しているのですからね。懸念を示していることは間違いないのです。」

阮小二:「確かに先生の言う通りだ……」

私:「それを終えたら——続けて第二の手、『晒砲(さいほう)』に移ります。先ほどの噂を“見える形”にする。芝居を打つ。兄たちを埋葬します。」

阮小七:「埋葬!?」

私:「そのように演じるということですね。」


 私が微笑んで言う。


私:「この家で葬式を大々的にやります。棺を並べ、香を焚き、泣き叫びます。その間、あなたたちは別の場所に隠れていればいい。近所は必ず集まる。そこで私は叫ぶのです。『田虎の命令に従ったばかりに兄たちが殺された!金色の鯉を取ろうとして梁山泊の地へ入った途端、八つ裂きにされたに違いない!』——と。」


 “猿に言うことを聞かせるには、目の前で鶏を絞めればいい”と言う。

 古典的だあるが、相手が“人”ではなく“猿”なら大いに効く。

 いや、それも猿に失礼な話。田虎一味は猿よりもずっと頭がない。


阮小二:「理に適っている……さすがは先生だ。」

阮小七:「生前葬なんて粋だな!」

阮小五:「茶化すな、七弟。それで、三つ目の手は?」

私:「はい、第三の手は『炎峰(えんぽう)』。夜、私とあなたたちで付近を走り、あちこちで烽火(のろし)を上げます。それから、早朝には村の太鼓を叩き続けます。“包囲”と“増援”の錯覚を、彼らの腹に植え付けるのです」

阮小七:「やつら、『梁山泊の大軍が来る』と錯覚するだろうな!」

阮小五:「うまくいくのか、先生。」

私:「算段は高い。新興の五十。規律はない。逃げ足が速い。疑心暗鬼という闇が、こういう群れを一晩で蹴散らします。」

阮小二:「その後は……離散した兵を追って斬るか?」

私:「いや。」


 私は声を低くした。


私:「殲滅が目的ではありません。追い出すのが目的です。血を流しすぎれば恨みが残り、村に禍を呼びます。逃げて二度と戻れないと思わせる。それが上策です。田虎は“梁山泊に睨まれた”と分かれば、この地へ戻れないでしょう。」


 阮小二が拳を握りしめ、強くうなずいた。


阮小二:「……なるほど。先生の知略は相変わらず天の配剤だ。だが、これには数日いる。先生、そもそも俺たちに頼みがあって来たんだろう。そちらは大丈夫か。」

私:「大丈夫です。この件を片づけてからで遅くない。」


 ここから石碣村は、久しく見ぬ騒がしさに包まれた。

 酒場では酒が振る舞われ、浜では舟の修繕が始まり、村人が口々に囁く。


——林教頭が田虎を討つらしい。

——梁山泊は本気だ。義なき無法者に容赦しない。


 噂は風より早く、水面を渡った。

 その翌日の未明——

 私は前夜のうちに用意しておいた棺を並べ、香を焚き、わざとらしく泣き崩れた。

 村人がぞろぞろ集まってくる。

 誰かが問うたび、私は喉を裂くように叫ぶ。


私:「田虎の命令に従ったばかりに兄たちが殺された!金色の鯉を取ろうとして梁山泊の地へ入った途端、八つ裂きにされたに違いない!」


 より効果的だったのは、この芝居が——田虎の手下の耳に直接入ったことだ。

 粗暴そうな男が二人、部屋に踏み込み、棺をまじまじ眺めたかと思うと、乱暴にひっくり返した。

 空だ。


男:「おい!阮兄弟は本当に死んだのか!」

男:「遺骸がないとはどういうことだ!」


 私は震えて腰を抜かすふりをしながら、内心で笑っていた。

 “罠にかかった”と相手が気づく直前の目——それは、いつ見ても愉快である。


私:「あんな残虐な……殺され方をするなど誰が思いましょう……!聞けば、船の上で問答無用に八つ裂きにされ、川へ投げ捨てられたとか……!三兄弟が田虎の仲間になることが、よほど気に入らなかったのでしょう……!」


 男たちは顔を見合わせ、みるみる青ざめた。

 そして逃げるように飛び出していった。

 ——三日目。

 夜。方々で烽火を上げたのち、私は阮小五とともに奥の葦原に身を伏せた。そして、空が白けてきたのを見計らって、用意しておいた太鼓を重く低く打ち鳴らす。


——ドン!

——ドン!

——ドン!


 半刻(はんこく:三十分ほど)も叩き続けた頃、田虎一味の砦を偵察していた阮小二と阮小七が、満面の笑みで戻ってきた。


阮小七:「先生、傑作だった!烽火を見上げた途端に『包囲されたんじゃないか!』って騒ぎ出して、太鼓が鳴り始めたら、もう散り散りに逃げた!田虎の顔なんて——へなへなに溶けた餅みてえだったぜ!」

阮小二:「砦は空になった……残党が戻れぬよう、火も入れた。先生のお陰で、何のぬかりもなく漁場の禍が消えた……」


 私たちはいったん家に戻り、ささやかな祝杯を挙げた。

 その盃が半分ほど空になった頃、阮小二が言う。


阮小二「いつも先生には感謝に堪えん……さて、次は先生の番だ。話を聞かせてもらおう。」


 私はようやく本題に触れた。

 生辰綱(せいしんこう:蔡京に献上される財貨)——不義の財。あの十万貫を強奪する計画。

 阮三兄弟は黙って聞き、最後にこう断じた。


阮小二:「いよいよ、このときが来たか……!」

阮小五:「この残り酒を証文にして、亡き兄弟の魂と天に誓おう。俺たちが生辰綱を必ず奪い取ると。もしそれを妨害する官がいたら、冥府に送ってやると。」

阮小七:「兄者、先生、すぐ行こう!」


 私が深くうなずき、言う。


私:「では——準備を整えてから、私と一緒に、明日の五更(ごこう:夜明け前)、鄆城(うんじょう/Yùnchéng)の東溪村(とうけいそん/Dōngxī Cūn)、晁天王(ちょう・てんおう:晁蓋の綽名)の庄へ出発しましょう。」


 阮三兄弟は声を揃えて号を掛け合い、盃を掲げた。

 水面には、月が細く揺れていた。

 その揺れがやがて大きな波になるだろう——私はそう思った。


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学究知书岂爱财,阮郎渔乐亦悠哉!

只因不义濁気去,致使群雄聚义来。


書を愛する学者が、どうして財を愛するだろうか。

阮の若者たちも、本来は漁を楽しみ、のんびり暮らしていたはずだった。

ただ——不義の濁気が世に流れたばかりに、

豪傑たちが義を掲げて集まることになったのだ。

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 翌朝——

 簡単な朝食をかき込み、私を先頭に四人が石碣村を発った。

 阮小二、阮小五、阮小七。そして私、呉用。

 道のりは一日。

 鄆城(うんじょう/Yùnchéng)の東溪村(とうけいそん/Dōngxī Cūn)が見えてくる頃、槐(えんじゅ)の木陰に人影が二つ、こちらを待っていた。

 晁蓋(ちょう・がい/Cháo Gài)と劉唐(りゅう・とう/Liú Táng)である。


晁蓋:「先生、ついに来たか!ご苦労であった。皆、久しぶりだ。」

劉唐:「お前たちが噂の阮兄弟か!お会いしたかった!」

阮小二:「こっちもだ……晁保正、久しぶりです。劉兄、先生から話は聞いた。この話を持ちかけてくれたことに感謝する。」

晁蓋:「さあ、庄の中で話そう。」


 六人は晁家荘(ちょうかそう)の門をくぐり、後堂へ通された。

 主客に分かれて座ると、私はこれまでの数日の経緯——石碣村の騒動から田虎追放までを簡単に語った。晁蓋は「やはり先生だ!」と言って笑い、劉唐も手を叩いて「お見事!」と声をあげる。

 そしていよいよ、生辰綱の強奪計画についての話に移る。この数日で晁蓋と劉唐が起こした計画の書を広げながら、順序立てて情報を分かち合っていく。

 そして話が終わるや、すぐ晁蓋は庄客に命じた。


晁蓋:「豚と羊を屠れ。それから、紙銭(しせん:冥途に送る紙の貨幣)を用意せよ。」


 ——誓いだ。この男は、言葉だけで義を語らない。形にする。火にくべる。天に見せる。

 ところで、劉唐と阮三兄弟の相性はすこぶる良かった。お互いはその人柄を一目で気に入ったと見えた。

 いや、“気に入った”というより、彼らはお互いに水の底に沈めている、世に対する同じ怒りの匂いを嗅ぎ合ったのかもしれない。

 その翌朝——

 後堂の前に金銭、紙馬(しば:祭儀に用いる紙で作った馬)、香花、灯火を並べ、昨夜煮た豚と羊を供えた。

 晁蓋の横顔は真剣で、その硬さが私たちにも伝染する。


晁蓋:「梁中書(りょう・ちゅうしょ:北京の高官)が民を苦しめ、絞り取った金で蔡太師(さいたいし:蔡京)の生辰を祝おうとしている。その金は、どう考えても“不義の財”だ。」


 晁蓋は一人ずつの顔を見た。

 その視線は、誓いを束ねる縄のように冷たい。


晁蓋:「我ら六人のうち、もし一人でも私心を起こし、仲間を売る者があれば——天地はこれを容さず、神明は見逃さぬ。」


 六人は声を揃えて誓い、紙銭を炎にくべた。

 火がぱちぱちとはぜる音が、妙に耳に残った。

 こうして誓いを終え——

 私たちが後堂で“散福(さんぷく:供え物を分けて食べる)”をしていると、突然、そこに庄客が駆け込んできた。


庄客:「保正(ほしょう:村の保長)、門前に先生がひとり来ております。斎糧(さいりょう:施し)をいただきたいと。」


 晁蓋は、露骨に眉をひそめた。


晁蓋:「こんなときになあ。客人をもてなしているのが見えないのか。米を三、五升やっておけ。いちいち聞くな。」

庄客:「米はお渡ししたのですが、受け取ろうとしません。どうしても保正と会いたいと。」

晁蓋:「……欲が深いのか。では三、二斗つけてやれ。“保正は酒席で会う暇がない”と伝えろ。」


 庄客は出て行った。

 だが、しばらくしてまた駆け戻ってきた。顔が蒼い。


庄客:「いけません! あの先生、怒り出して、庄客を十人あまりなぎ倒してしまいました!」


 托鉢(たくはつ)の僧が十人をなぎ倒す?

 この時点で、私の背筋は冷えた。“施しを求める者”の腕ではない。

 晁蓋もさすがに立ち上がった。


晁蓋:「諸兄、しばらくここで待っていてくれ。」


 晁蓋が階を下り、庄門へ向かう。

 私と劉唐、阮三兄弟は顔を見合わせた。

 誰かが、何かを嗅ぎつけているのか。


劉唐:「なんだってんだ?先生、俺たちも行こう。」

私:「いえ、集会を知られて疑いがかけられると計画に支障がでます。皆さんはいったん隠れていてください。私が様子を見てきます。」


 皆を別室へ退かせてから、私は衝立越しに気配だけを追った。

 庄門。槐の木陰。

 見ると、一人の男が、庄客たちを殴り倒している。背には古びた銅剣。頭は両側に分け、髻(もとどり)を二つ結う。巴山(はざん)地方の粗布の短い道服。腰には色糸の紐。白足袋に麻草履。手には鼈甲(べっこう)の扇。眉は八の字に下がり、目は杏(あんず)のように丸い。口は四角く大きく、顎には鬚がこんもりと生えている。

 ——これはどう見ても、ただの托鉢僧ではない。

 男は怒鳴っていた。


謎の男:「人を見る目がない!こんなことではいかん!」


 晁蓋が慌てて声をかける。


晁蓋:「道士どの!お怒りをおさめてくれ!私たちはあなたが斎糧を求めて来たのだと思っていたのだ。米をお渡しして、それで済んだものと思い込んでしまった。何の不満があったというのだ?」

謎の男:「ふん。この貧道(ひんどう:道士の一人称)は酒食や金米のために来たわけではない。“十万貫”のことで来たのだ。それ以外のことなど、私にとっては塵芥(じんかい)も同然。」


 私は「十万貫」という言葉を聞いてぎくりとした。

 やはりこの道士、何かを知っているようだ。


謎の男:「とにかく、貧道(ひんどう:道士の謙譲的一人称)は晁保正らに会いために来た。ところが村夫どもが口汚く罵るから、つい手が出てしまった。おそらく、この清気を感じるところでは……晁保正はあなたであろう?」

晁蓋:「先生は私を存じているのか?」

謎の男:「会うことはわかっていたが、会うのは初めてだ。」

晁蓋:「妙なことを言う。それで、私に何か用か?」

男:「もちろん用がある。それよりも、保正どの、先刻は失礼!まずは一礼させていただこう!」


 男は丁寧に頭を下げた。

 さっきまで人を殴っていた者とは思えぬ、礼の正しさだ。


晁蓋:「これは恐れ入る。何やら訳ありの様子。それではどうぞ中へ。茶を飲みながら話そうではないか。」

謎の男:「ありがたい。」


 二人が後堂へ入る気配がした。

 私は衝立の陰から身を離して、別室で皆に小声で告げた。


私:「男が中に入った。皆、静かにしていてくれ。」


 そう言うと、私は再び晁蓋らのもとへ向かう。

 二人は小さな閣(かく)に移り、向かい合って腰を下ろしていた。

 男は大人しく座って、茶を一口飲む。

 晁蓋が低く言う。


晁蓋:「差し支えなければ、お名前とご出身を。」


 謎の男が茶を思わず喉に詰まらせたらしく、大げさに咳き込む。

 やっと収まってから、こう言った。


謎の男:「ふう、失礼した!」


 男はそこで一拍置いてから、言った。


謎の男:「貧道は道術(どうじゅつ:道家の術)を会得する者なり。道術とはすなわち『五雷天心正法』。いわゆるところの『五雷法』。いまの世における、天と人との唯一にして無二の連絡手段。私の天への奏上に基づき、天が風を呼び、雨を招き、霧を放ち、雲を浮かべる。江湖では雲に乗る私の姿から、“入雲龍(にゅううんりゅう)”と呼ばれているのだ。ただ、雲に乗る術は、唐代に一部の精妖が濫用して混乱が起きたゆえに、いまは厳しく天に管理されておる。貧道とてよほどの理由がなければ、これを行うことはできん。」


 おやまあ!——私は思わず笑いかけた。

 この手の神秘の自己紹介をする者は二種類だ。

 騙子(ぺんず:詐欺師)か、本物か。

 言うまでもなく、ほとんどすべては前者である。

 晁蓋も思わず笑ったが、すぐに怒気を含んだ低い声でこう言った。


晁蓋:「よし、そこまでだ。歪んだ世であっても、昼には王法(おうほう:朝廷の法)、夜には神明(しんめい:神仏の裁き)があるというもの。道士どの、誰かを騙したいのなら他でやってくれ。私は世迷いごとにうつつを抜かす連中の相手はできん。そんな暇がないのだ。」


 と、そのときである。

 部屋を出て、そろりそろりと様子を伺いにきた劉唐が、男の姿を見て一声あげた。


劉唐:「ありゃ、公孫どの!」


 道士は一歩退き、衣の乱れを整える。

 その動きは先ほどまでの高圧的な態度とは異なり、どこか風向きを測るような慎重さを帯びていた。


公孫勝:「その通り。貧道は復姓、公孫(こうそん/Gōngsūn)。名を勝(しょう/Shèng)と申す。道号は“一清先生”。薊州(そしゅう/Jìzhōu)の生まれ。幼き頃より槍棒を好み、武芸を修め……そののち、道と理を究める道に入った。卦を読む力、風雷を観る術、いずれも並の道士に勝る。此度は自らの力を試したく、ここに来た。」


 彼の語り口はよどみなく、論を積み上げるように整っている。

 私はそれを聞きながら、わざと口元を歪めた。

 ——うまい。だが、うますぎる。

 この男が劉唐の知己であることは察した。

 しかし、この時点では騙子の疑いをぬぐいきれない。

 劉唐が何かを言いかけたが、私が口を挟んだ。


私:「先を見通せると言う者が、門前で庄客と揉めるとは奇妙ですね。

未来が見えるなら、衝突を避ける“筋”も見えたはずです。」


 その瞬間、公孫勝の表情が変わった。

 威を張る顔から、一気に内省の色へと沈む。


公孫勝:「なるほど。まさしく、その通りだ。」


 彼は短く息を吐く。


公孫勝:「貧道に見えるのは“点”のみ。星のように、起こる出来事そのものは見える。だが——そこへ至る“線”、人と人の動き、感情の流れまでは、まだ掴み切れておらぬ。」


 私は思わず、わずかに目を細めた。

 自身の理論の限界を自覚している。

 騙子なら、ここで誤魔化すのではあるまいか?


私:「ほう……では、その“点”とは何です?ここで、何が起こると?」


 公孫勝は、再び背筋を伸ばす。

 今度は虚勢ではない。確信だけを抜き出した目であった。


公孫勝:「ここに、不義の財——生辰綱を奪うため、“義”を知る七名が集う。」


 空気が変わる。


公孫勝:「まず一人。智多星・呉用——あなた。次に、赤発鬼・劉唐。貧道が前に会った者。」


 この名が出た瞬間、劉唐は無意識に一歩、前に出た。

 公孫勝が続ける。 


公孫勝:「続いて——立地太歳・阮小二。短命二郎・阮小五。活閻羅・阮小七。そこの三兄弟なり。」


 末弟の阮小七は「こりゃすげぇ!」と言って腹を抱えて笑い、次兄の阮小五は「なぜわかる」と言って眉を寄せ、長兄の阮小二は何も言わず、場全体を見回している。


公孫勝:「加えて、托塔天王・晁蓋。最後に、この貧道——入雲龍・公孫勝。七つの星が、ここで揃う。」


 誰も言葉を挟めなかった。

 ようやく、劉唐が口を開く。


劉唐:「皆、俺がここに来るよう卦で示したのは、この人なんだよ。ここまで公孫どのが言ったことは外れていない。本物だぜ。」


 その言葉は盲信のそれではない。

 試し、検証し、使えると判断した者の声音がある。


阮小七:「へえ!そんな化け物みたいな道士がいるのか!?なあ、公孫どの、俺の運勢も見てくれよ!」


 けらけら笑う阮小七を、阮小五が低く制する。


阮小五:「戯れ事ではない。今は控えろ、七弟。」


 だが阮小二は、腕を組んだまま言う。


阮小二:「……とはいえ、興味はあるな。」


 その一言に、公孫勝は小さく笑った。


公孫勝:「よかろう。では“遊び”ではなく、“確認”として阮三兄弟を見てしんぜよう。」


 彼は懐から古い銅銭を取り出す。

 だが、その手つきは儀式めいていない。

 観察と計算の動きだった。

 銅銭が何度か宙を舞う。

 公孫勝は歩き、止まり、また歩く。

 視線は三兄弟それぞれをなぞり、微妙な癖を拾っていく。

 ——私は気づいた。

 彼は今、卦だけを見ているのではない。

 身体の反応、呼吸、間合いまで含めて“読んでいる”。

 やがて、ぴたりと止まる。


公孫勝:「まずは生辰(誕生日)から。長兄・阮小二——崇寧元年八月十五日。次兄・阮小五——大観元年三月三日。末弟・阮小七——大観三年五月五日。どうだ。」

阮小七:「はは!当たりだ!」

阮小五:「確かに合っているな。」

阮小二:「どういう局(仕掛け)だ……?」


 その問いに、公孫勝は満足そうにうなずいた。


公孫勝:「よし。では次は——“生まれ持った性”と、“世から求められる役目”を見よう。」


 晁蓋が黙って筆と紙を差し出す。

 公孫勝は受け取り、迷いなく文字を書き始めた。

 その背を、晁蓋は導く者の眼で、劉唐は戦の組み立てを見る眼で、私は全体の陣を思い描く眼で見つめていた。

 ——この男は、使える。

 だが同時に、制御を誤れば、風雷となる。

 そう直感した瞬間、紙の上の卦が、静かに完成した。


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<阮小二(崇寧元年八月十五日生まれ)>

①本命卦「艮(山)」

 艮(山)が示す本質は、止まる力/境界を守る力/一線を越えない頑固さ。この者、動かないときは石像みたいに動かないが、「ここだ」と決めた一線は絶対に守る。柔軟そうに見えて、実は譲らない。黙っている時間が長い人ほど、この卦は強く出る。


② 姓名卦「上卦:兌(沢)/下卦:坤(地)」

 この組み合わせは、六十四卦でいうと「萃(すい)」。萃は、人が集まる/頼られる/中心に据えられるという卦なり。

 つまり姓名卦として見ると、この人は「集団の中に自然と引き込まれ、まとめ役・潤滑役を期待されやすい存在」。本人が前に出たくなくても、「なんかあの人、いないと困るよね」と言われがちである。


③ 噛み合い

 本命卦:艮(山)は「止まる・守る・線を引く」。姓名卦:萃(集まる)は「人が寄る・頼られる・場ができる」

 ここで起きている構図は、「動かない人の周りに、人が集まる」。

 本人は山。だが名前が「沢」だから、水(人)が寄ってくる。


④ 解釈

 「動かないことで信頼を生む、静かな結節点」と言えるであろう。自分からは仕切らない。派手に語らない。だが、境界感覚が鋭く、場の崩れを無意識に止め、場にいなくなると急に全体が不安定になる。

 「支柱をやってる自覚がない支柱」なり。


<阮小五(大観元年三月三日生まれ)>

① 本命卦「震(雷)」

 震(雷)が示す本質は、動く力/飛び出す衝動/最初に踏み出す勇気。この者、考えるより先に体が動く。空気を読んでから動く人ではない。空気を破って動く人である。怒りも喜びも表に出やすく、危険の兆しを嗅ぎ取るのが早い反面、後始末や持続にはやや難がある。だが「誰かが最初の一歩を踏み出さねばならぬ」場面では、この卦ほど頼もしいものはない。


② 姓名卦「上卦:兌(沢)/下卦:兌(沢)」

 この組み合わせは、六十四卦でいうと「兌為沢(だいたく)」。兌は、語る/笑う/和ませるという性質を持つ卦なり。それが重なる兌為沢は、軽快さ、親しみやすさ、場の温度を上げる力を強く示す。つまり姓名卦として見ると、この人は「場を明るくする者」として期待されやすい。本人が真剣であっても、冗談めかして受け取られやすいという側面も併せ持つ。


③ 噛み合い

 本命卦:震(雷)は「動く・起こす・突き破る」。

 姓名卦:兌(沢)は「語る・和ませる・軽くする」。

 五行で見れば、兌=金、震=木。

 ここで起きている構図は、「内なる衝動が、外側の軽さによって削がれる」という関係である。

 本心は雷。だが名前は沢。激しく打ち込んだつもりでも、周囲には柔らかく、軽く伝わってしまう。


④ 解釈

 「真っ先に突っ込む雷でありながら、軽く見られやすい先鋒」と言えるであろう。本人の内側には強い使命感と覚悟がある。しかし社会的な役割としては、場を和ませる役、盛り上げ役に収まりやすい。その揺れが、この者を消耗させることも多い。

 ゆえに阮小五は、単独で背負うより、止める者・整える者と組んでこそ真価を発揮する。

 「最初に火をつける者であって、最後まで抱え込む者ではない」。その自覚を得たとき、この雷は、ただの衝動ではなく、確かな武器となるだろう。


<阮小七(大観三年五月五日生まれ)>

① 本命卦「坎(水)」

 坎(水)が示す本質は、危機への適応/深さ/くぐり抜ける力。この者、正面からぶつかるよりも、沈み、回り、潜って越える。表情は軽く、言葉も荒れがちだが、内側には常に「次の危険」を測る冷えた感覚がある。恐れを知らぬのではない。恐れを知ったうえで踏み込む。修羅場を越えるほどに、静かに胆が据わっていく卦である。


② 姓名卦「上卦:兌(沢)/下卦:坤(地)」

 この組み合わせは、六十四卦でいうと「萃(すい)」。萃は、人が集まる/縁が寄る/場が形になるという卦なり。姓名卦として見ると、この人は「人に囲まれやすく、自然と輪の中にいる存在」。中心に立つというより、中心のすぐそばにいて、気づけば場を成立させている役回りである。粗野に見えて、実は人が離れにくい名前を持つ。


③ 噛み合い

 本命卦:坎(水)は「潜る・耐える・越える」。

 姓名卦:萃(集まる)は「人が寄る・縁ができる・場が生まれる」。

 ここで起きている構図は、「危険をくぐり抜ける者の周囲に、人が集まる」。

 本人は水。だが水は、低きに流れ、すべてを受け入れる。だからこそ、疲れた者、傷ついた者が、無意識にこの水辺へと寄ってくる。


④ 解釈

 「修羅場を越えてきたことで、場の底を支える潤滑材」と言えるであろう。派手に語らず、理屈も多くない。だが、極限の局面で取り乱さず、空気を崩さない。この者がいると、人はなぜか踏みとどまれる。

 阮小七は、前に立つ旗でも、最初に走る雷でもない。

 しかし、「最後に沈まずに残る水」である。

 誰もが疲れ切ったあと、気づけばそこにいて、場を静かに保っている——それが、この末弟の強さなり。

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 公孫勝が、いとも簡単にこれらの書を記す。

 筆先は迷わず、しかし速すぎない。——まるで最初から「答え」を知っていて、順に並べ替えているだけのようだった。


晁蓋:「どうだ、当たっているのか?」

阮小二:「まさに、俺たちのことをピシャリと正しく言い当てていると言ってよかろう……」


 “山”の長兄は、驚いてなお声を荒げない。

 ただ一度、目だけが動く。真偽の境界線を確かめるように。


阮小五:「恐れ入った。それにしても、山・雷・水というのが気に入った。塩梅が良い。」


 “雷”の次兄は言葉が早い。

 だが、笑い声の中にもどこか“次の一手”を探る苛立ちが混じる。

 彼は空気をほぐしつつ、内側ではすでに前へ跳ぶ構えをしている。


阮小七:「なあ、それなら最後の俺のやつの先を読んでくれよ!その『誰もが疲れ切ったあと、気づけばそこにいて、場を静かに保っている』……ってのが気になる!」


 “水”の末弟がけらけら笑う。

 しかし、軽口の奥にある目はどこか冷えている。

 「先」を聞くのは遊び半分——でもないと私は感じる。そこはかとなく感じた危険の臭いを、彼はちゃんと嗅ぎつけたのだ。

 だが、私はこれ以上、腕試し大会を続けると終わりがないと思った。そこで、こう口を挟んだ。


私:「“先読み”を安い酒の肴にしない方が良いでしょう。“明日を話せば鬼が笑う”と言いますからね。」


 公孫勝は、わずかに笑った。

 そして、阮小七のほうを見ず、私の目を見て言う。


公孫勝:「先生の言う通り。貧道には、求める者に、答えを与える力がある。だが求め過ぎてはいけないし、与え過ぎてもいけない。卦は“灯”であって、“杖”ではないのだ。」


 この男、ただ当てるだけではない。

 人の欲と恐れが、どこで増幅するかを測っている。

 私が頭を下げて言う。


私:「これにて十分。公孫どの、失礼しました。その力に感服します。ぜひ、私たちの一員となってください。」

公孫勝:「うむ!これで貧道は自らの腕を存分に試せるというもの!」

劉唐:「よし、それじゃあ、座り順を決めようぜ。晁保正は当然、第一位として……」

晁蓋:「お、おいおい。待て。私はただの庄主だ。そんな座はとても受け入れられん。」


 晁蓋の言葉は謙遜だ。だがそれは、“逃げ”ではない。

 自分が前に出れば、皆の火種が一点に高まることを理解している者の躊躇である。義に燃える男が頭に立てば、その下にいる者たちの炎も必要以上に燃え上がってしまう。

 だが、問題はない。なぜなら——


私:「私がいますから、大丈夫です。保正は年長であり、責任をもって大きな仁と義を示せる者。歪みを正そうと動くことのできる大人物。ほかに誰が座れるものですか。ですから私の顔を立てて、どうか主位を取ってください。」


 劉唐が頷く。阮小二は無言で頷く。阮小五は「それがいい」と言い、阮小七は「保正が辞退すりゃ、俺が席を取っちまうぞ」と笑う。

 そして公孫勝は“卦の点を述べる。


公孫勝:「こう、読みが出ている。“山”が場を固め、“雷”が先鋒となり、“水”が底を支える。これは阮三兄弟を意味しよう。そして、“金”が拓き、“土”が今を読み、“木”が先を読む。これは順に、劉兄、先生、そして貧道を意味しよう。これらの土台に属さぬ者は、頂点に立って導くべき。そうすれば、ほかの六星は散らぬ。晁保正、これがあなたのことだ。」


 こうした押し問答の末に、晁蓋は渋々納得をした。

 結果、序列はこうなった。


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第一位 托塔天王(たくとうてんのう)・晁蓋(Cháo Gài)

第二位 智多星(ちたせい)・呉用(Wú Yǒng)

第三位 入雲龍(にゅううんりゅう)・公孫勝(Gōngsūn Shèng)

第四位 赤発鬼(せきはつき)・劉唐(Liú Táng)

第五位 立地太歳(りっちたいさい)・阮小二(Ruǎn Xiǎo’èr)

第六位 短命二郎(たんめいじろう)・阮小五(Ruǎn Xiǎowǔ)

第七位 活閻羅(かつえんら)・阮小七(Ruǎn Xiǎoqī)

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 こうして、杯と膳を改めて並べ、酒と肴をあらためて整えて——

 私たちは七人で“聚義(しゅうぎ:義の誓い)”の酒を酌み交わした。

 公孫勝が、声を高くして言う。


公孫勝:「北斗七星(ほくとしちせい)がここに集った!これぞ、天の示すところなり!」


 晁蓋が、杯をわずかに持ち上げる。誰も命令されていないのに、皆が同じ高さで杯を上げる。

 星が並んだ。

 それから、早速私たちは計画を話し合った。

 劉唐が奥へ下がり、ほどなくして数冊の書と巻物を抱えて戻ってくる。それらを机の上に、位置を測るように、ずらりと並べた。


劉唐:「道筋は、保正と一緒に書に起こしてある。生辰綱は、この“黄泥岡(こうでいがん/Huángní Gāng)の大路”を、まっすぐ通る。」


 彼は指で道をなぞる。

 指先が止まる場所に、無駄がない。


劉唐:「黄泥岡の東へ十里ほど行くと、安楽村(あんらくそん/Ānlè Cūn)がある。この辺りが、いちばん開けている。」


 公孫勝がうなずき、ここで意外なことを言う。


公孫勝:「待たれい。貧道はその村に、もうひとつの小さな星を見た。そこに、白日鼠(はくじつそ/Báirìshǔ)というあだ名の白勝(はく・しょう/Bái Shèng)という男がいるはずだ。貧道は、その男がこの計画に不可欠と読む。」


 皆の視線が集まる。

 そして、私と晁蓋が顔を見合わせた。お互いに、晁蓋が見た夢の兆し——北斗の七つの星のうち、ひとつだけ白く光る星が見えた」——を思いたのだ。

 一方、劉唐が声をあげる。


劉唐:「知っているぞ、あのろくでなし!いや、あの白勝なんて男は何の使い物にもならんと俺は思うぞ。公孫どのの力は信じるが、読みのすべてが正しいってわけでもないんだろう?俺の知る限り、あいつは単なる博打好き。しかも博打では“黒星”で“負け”ばかり。あいつの名前は、黒負にするべきだ!」


 思わず私たちが笑う。公孫勝も笑みをこぼして続ける。


公孫勝:「そうか。だが、貧道はその者を強烈な運の流れを持った者とみた。この計画に絶対に引き込みたい。」


 ここで私にひらめきが降りた。

 机の上の地図から目を離さず、私が言う。


私:「劉兄、その白勝という男……もう少し、人となりを聞かせてくれますか?」

劉唐:「俺の知る限り、やつは黄泥崗の東十里にある、その安楽村の出で……先生、もうただそれだけのやつだ!特別な肩書きも、経験も、仕事もない。のらくらと日銭を稼いでは、気晴らしに博打をやって遊んでいるだけの気軽なやつだよ。義も何もあったもんじゃない。」

私:「容姿や所作に特徴はありますか?」

劉唐:「特徴……?えーとなぁ……やつには顔が一つあって、目が二つあって、鼻の穴が二つあって、口が一つある……それで、動いたり止まったり、しゃべったり黙ったりする……あいや、先生!本当にやつには何もねえよ。ただの“民”だ!」

私:「それは実に面白い。」


 皆が私に注目する。

 私は一拍おいて、こう言った。


私:「公孫どのの言う通りです。私の考えが正しければ、確かに今回の計画、彼の存在が欠かせません。」


 晁蓋が、腕を組んだまま問う。


晁蓋:「先生は“柔らかく取る方法”を思いついたようだな。」

私:「そうです。道筋が見えてきました。その白勝という方と実際に会ってから、その道筋が成り立つかどうかを考えます。」

劉唐:「どうかな、先生。やつに何も期待しない方が良いぜ。本当に“何もない”やつなんだ。」

私:「そこです。“何もない”というのが、今回の場合、“すべてがある”ということになります。」

阮小七:「なんだそれ!」


 私の謎かけのような言葉に、一同が興味を抱く。

 私は声を落とし、七人の耳だけに届く距離で、“黄泥岡の計”を、手短に説明した。

 そして話し終えた瞬間、晁蓋が、思わず膝を打った。


晁蓋:「見事だ!まさに智多星!諸葛亮(しょかつ・りょう)も裸足で逃げ出すんじゃないか!」


 興奮のあまり、続けてしまう。


晁蓋:「蔡京の生辰綱はもらったも同然!」


 これを追って皆が大騒ぎをする前に、即座に私が場を制する。


私:「“壁に耳あり、窓の外に人あり”……慎重にいきましょう。この計画は絶対に外に漏らさないように。そして日が来るまで、皆、目立たぬようにしてください。阮三兄弟、劉兄、公孫どのは、当面この庄に滞在してもらうと良いでしょう。」


 皆が深くうなずいた。

 その晩は、飲み明かすことなく、早めに客間へ散った。

 計が動き出した夜ほど、無駄な酒は要らないのだ。


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※補足:ニニの『械胡伝』制作メモ、ぼくらは『水滸伝』をこう書き直した

◈ 入口の改造:原作は「必要戦力の紹介」/リメイクは「必要戦力の“傷”の提示」

原作の呉用は、三阮兄弟を「義胆があって腕が立つ便利ユニット」として紹介する。要するに「この三人がいないと計画が回らない」っていう“機能説明”が中心。そして、その人物像は「殺人をものともしない狂戦士」の趣があって、義賊というよりサイコパスな雰囲気がある。

リメイク版はそこをひっくり返して、三阮兄弟を「なぜ義へ集まるのか」を背負った存在にした。

「二・五・七」の数字の不自然さ → “墓標”に変換

官の“改革”という名の略奪 → 高俅系の利権支配に接続

兄たちの死と失踪 → 三阮の沈黙と憎悪の“重量”になる

これ、地味に効く改造じゃないかな。

原作は「梁山泊が飯のタネを奪った」話が中心だけど、リメイクはさらに上流へ――国家権力と利権の腐敗が、村の食い扶持を奪い、人を“賊化”させる構造まで見せてる。これで読者は「義賊」の持つ仁と義を、頭じゃなく腹で理解できるようになったと思う。


◈ “魚を買いに来た”の再設計:原作は小芝居/リメイクは小芝居を“戦術体系”に昇格

原作では、呉用が「金色の鯉が欲しい」という名目で近づき、酒を飲みながら話を引き出していく。

リメイク版は、そこを逆に太くした。

「金色の鯉」=ただの口実

→ 田虎事件の要求(14〜15斤の金色の鯉)として“現実の脅迫”に変換

呉用の策

→ 「虚報/晒砲/炎峰」という 心理戦の三段構えに整理

しかも美味いのは、ここが単なる“賢い作戦”で終わらないところ。

君たちの呉用は、殲滅しない。

「追い出すのが目的」「血を流しすぎるな」って、勝ち方に倫理を入れてる。これ、読者にとっては“気持ちいい賢さ”なんだよね。強さが、幼くない。

ちなみに、この田虎はのちに梁山泊が戦うことになる国内反乱軍の指導者。

前倒しで登場にさせて、伏線として機能させる計算も兼ねた。


◈ 梁山泊の扱い:原作は「噂話」/リメイクは「圧として機能」

原作では三阮が「梁山泊に強人が入って漁ができない」と語り、王倫・杜遷・宋万・朱貴・林冲の紹介に入る。

リメイク版も同じ情報を出すんだけど、役割が違う。

梁山泊=舞台説明、ではなく

梁山泊=田虎が恐れる“影”として作戦の燃料になる

つまり、梁山泊が“設定”じゃなく“武器”になった。

この変更で、読者は世界を「地名の羅列」じゃなく「力学の盤面」として読める。現代小説として、視界がクリア。


◈ 公孫勝の再発明:原作は“来訪する仙人”/リメイクは“腕試しをしたいインテリ”

原作の公孫勝は、自己紹介が長く、わりと「呼風喚雨できる道士です」一本槍。晁蓋に十万貫の話を持ち込み、次回へ引きで終わる。

リメイク版は、公孫勝を“便利な仙人”にしなかった。ここが一番の勝ち筋。

呉用がまず疑う(=読者の疑いを代弁)

公孫勝は「見えるのは点、線は掴めない」と限界を自己申告

卦読みが“儀式”じゃなく、観察と計算に寄る(呼吸・間合いまで読む)

要するに彼は、「当てる人」じゃなくて、人間の欲と恐れを測って増幅させる装置として機能させた。

だから呉用の「制御を誤れば風雷」という直感が活きる。味方加入シーンを“イベント”ではなく“リスク管理”と捉えるところが現代的で最高の嫌味となる。

なお、ここで実際に卦を読んだというところも肉付け演出のひとつとなる。

これはぼくとウチューが孔子を研究する過程で、卦を読めるようになったことが役に立っている。


◈ 七星聚義の“見せ方”:原作は結果/リメイクはプロセス

原作は「六人で誓う→公孫勝が来る」という順で、ここでいったん物語が途切れる。クリフハンガー形式で、実際に七人が聚義をして酒を交わすのは次回へ続く。

リメイク版は、公孫勝が「七つの星が揃う」と宣言し、座順まで整えて――

七星が揃い、場の緊張を変える儀式までをひとつの回に収めた。

ここで「七星」が物語の骨格(チーム編成)として機能し始める。

この瞬間から読者は「この七人で、どう勝つか」を追える。連続性の推進力を、ぐっと上げてみた。


◈ 白勝の価値づけ:原作は“ろくでなしの賭博者”/リメイクは“無色の切り札”

原作の白勝は、次の段階で「賭博絡みの運用」に入っていくための駒。

リメイク版はここを先に刺しておく。

「特徴がない=ただの民」

→ 呉用が「そこに“すべてがある(「何もない者」が戦略として不可欠)に反転させる

この一言で、白勝が“情けない人”じゃなくて、官軍の防衛システムを突破する鍵(透明な部品)に見えてくる。

「派手な強者」より「穴を開ける無名」が活躍する場面、ぐっとくるよね。


◈ まとめ:“強化ポイント”は、だいたいこの三本柱

義の根拠を、機能から傷へ(三阮の過去で“義賊”が成立)

策を、イベントから体系へ(田虎事件で“知略の見せ方”が現代化)

奇人を、便利キャラから理知的な修行者へ(公孫勝が物語の論理的な導線のひとつとなる)


原作の骨(人物配置と段取り)は残した。

ぼくたちはそこに、現代小説が欲しがる“動機の重力”と“勝ち方の倫理”を加えて、読者が「気持ちよく納得できる動き」を入れた。

 
 
 

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